2010年4月20日火曜日

或る同性愛者の粗述

 恋愛におけるさまざまな技巧にも今世紀にもなれば一種の変化が現れたことを否定する有識者はいないと思う。ある男の事を愛した男がいた。好きで好きでたまらないというのが彼の意見だ。愛する男のしぐさ・職業・性格・のんけの様・不器用な愛情と優しさ・どれをとっても素敵だ。どんな博物館でもそれほどの出品をすることはできない。愛する男にたいして彼はどんな慈愛でも注ぐ。彼のもとを離れてゆくあの強烈な喪失感をさえ避けられるならば。彼は愛する男の女の友人あるいは女性あるいはあまねく女性にことごとく愛する人の悪いうわさをたれこもうとする。愛する人はその純朴な正確に比して危険な男だという評判を獲得し、なぜかまんざらでもない。男は愛するおとこにこう言う。きみは全くのドンファンだが、それにもかかわらず本当は純朴な一男に過ぎない全く不思議な男性だ、と。彼がそんなふうにふるまえるのは彼が男を愛する男なのだ、という隠された事実があるからで、これが男を愛する女だとするならばその動機はたちまちのうちに日の目を見ることになってしまうだろう。しかし、彼の愛がある種の決別に行き当たったなら?・・・・・・

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