2010年4月20日火曜日

死体を前に

「ね、ね、わたしたちって苦しい苦しいってよく言ってはいるけれど、でもさ、実際これ以上良くなるのって無理じゃない。ね、この苦しみが本当はベストなんじゃない。でも、あなたもわたしも決してそうは思えないのよね。信じられないくらい鬼なくらいわがままだったよ、ね?
「わたしって、いつも負け犬のため息を話すけれど、それでもあの電灯の下でモーツァルトを聴いて泣いたときにやっぱりみんな、みんながかわいそうなんだと思えたのよ。それでもみんなは決して負けを認めないんだ。やっぱり、いつものように神様と電子レンジに祈るんだわ。そして朝には食べきれないぐらいのエッグトーストを食べるんだわ。そんなふうに思うと、わたくし、いつも世間様にたいする優越感がわきますのよ。わたしたちって、結構進んでいるのだわって。分かる? いいえ、何もそんな眼で見なくたってわたしは自分で自分くらい裁けるわ。それに真ん丸い金色に輝くお釈迦様はいつだってみんなを許し続けているのだから。だから悲しみを知らない眼で睨まれたって殴るまですごまれたってわたしだって強いのよ、といえる口がわたしにはあるのよ。
「わたしは人ごみの中を一人で歩いて買い物だって出来るのよ。何も傷つかずに帰って来れます。頑張れます。いつか、トランプのカード当てをしましたわね。わたし、いつも思うの。わたしはいつも誇りのカードを引き当てるんです、と。それは車のナンバープレートに隠された国家機密なみにどうしようもない真理だとしてもあなたのいうように小さな秘密だけが民衆のためになってくれる唯一の力なのよ。わたしはあなたに隠れてひとつの秘密をつかんだの。茂みの中から車のキーを拾って、おずおずとしかししっかりと走り回る、誰かが走り回るためにわたしは犠牲になるの。あなたがあなたの世界でゆったりと時を過ごせるためにわたしは今から準備するんだ。よかったわね。
「わたしの言っていることが分かる? 酷だから話すのだけれどわたしは怒っているんだ。わたしを無視しているからみんなからウソをつかれて苦しむんだわ。一人おびえて墓石にすがりつきここから出してくれと狂ったようにわめくがいいわ。わたしは決して埴輪じゃないわ。肉塊なのよ? 不潔なくらいにうごめくの。わたし、怒っているわ。大声でわめくわよ。きっとみんなあれはヒステリーだとか言ってあなたを苦しめるわ。わたし、それが大好きなのよ。
「それでも、もし、それでも告白は罪を和らげるのなら、わたしを許してちょうだい。許してよ。
「誰か、その眼は嫌だってあなたに教えてよ。そんな眼は嫌だ。利口ぶってサインを使って城を壊したとき、あなたはそのことで泣いていたわね。いつまでも苦しむがいいわ。ナイフが首筋に着く瞬間まで脅えるがいいわ。一人で。ひとりで。わたしが黄色いタオルを持って駆けつけるとあなたは声なき声でうめいて光り無き眼でわたしをにらむんだ。そう、その眼でよ。それでも世界中が空虚になったときにはあなたはわたしだけにタオルを投げなくちゃいけないの。その屈辱の瞬間が待ちきれないわ。じれったい。歯がみしてしまう。うれしくてうれしくて歯がみするのよ。こうやって。ほら。いつまで、その超然とした態度がもつかしら。偉そうに、慇懃に。犬にえさをあげるようにさげすみあい。そりゃあ、わたしだっていけない同情心をもってはいるけれど、ただかわいいからといって毛を梳くのは反則よ。その犬はただあなたにガウッて言うわ。
「わたしが意地悪だって言うのね? すこしは意地悪くらいしないと自分を保てないと考えて許してはくれないのね? わたしが群集に埋もれて消えて自分でも自分を見つけられなくなるほどにもうろくしてゆくのをただ眺めるのね? わたしを妄想狂だって言うのね?
「部屋に入るとすぐにエリザベス朝のピアノがあるといいわ、といったとき怒ったわね? でも、わたしだって無為が好きだわ。好きになりつつあったんだから。波打ち際の月を見て只のような興奮だって味わえるわ。いまや。思い出そうとすれば、たくさん思い出せるんだから。無知。無知は罪よ。
「なんか、わたし、どんどん死んできたわ。話せば話すほど死んでゆくわ。あなたがそんなふうで、わたしがはしゃげば、あなたはそれと同じくらいわたしを殺してゆくのよ? まるで残酷な決闘ね。わたしは避けてきたわ。まったくの犬畜生・・・・・・」・・・・・・

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