2010年4月20日火曜日

旅をする娘が縁側にてぼくに語った話

 月しか出ていない暗い夜空の下、だだっ広い青く光る地平線まで見える野原を向きながら、ひとりぼっちのあたしは、木下の幹と根のところにうずくまりってぼぉっとしていた。その時は。明日のことも、昨日のことさえも考えずに、考えつくままの旅の唄を口ずさみながら―――

 けっして、拾って育ててくれたおじいさんを捨てたわけじゃない。また、けっして、あたしは、都会が嫌いだったわけじゃない。過去のことなんて話すほどのいっちょうまえの誇りなんて、全然ないのだけれど、けっこう、つらかった嫌な人たちとの生活も意外に慰めになるほど、さみしがりやなんだ、あたしは。
 また、ナルシズムに冒された自分勝手な人たちに、不愉快な目にも合わされてきたけれど、時には、自分のことだけを思って泣いた、――これは仕方ないのかな――、いやいやいけない、これはいけない。そのせいであたしは、童話の中に出てくるような、自然と動物たちとのゆかいなたわむれができないんだ、きっとそうだ。いまのあたしに寄って来るのは、巣を壊されたくもの子供か、リーダーを蹴落とされた弱弱しい老猿だけ、でもそれでもけっこう気休めにはなるんだ。もちろん、あたしを傷つけるのはそんな人たちだけれど、時々、死について考えさせてくれるのだから、少しは感謝してる。一度なんか、一握りのビスケットをあげたくらい―――

 あたしはいっそ、木とか花とかと話ができる空想家に生まれたかった。いつも非常なばかりの世の中だけれど、このことばかりは非常すぎだと思った。でもあたしたちは理想を求めないといけないんだ。そう、あたしたちはずっと、地平線の見えるところまで理想を求めないといけないんだ、こんなことがふと思いついたけど、少し面白くない?――

 あたしはいつも姉さんみたいと言われつづけてきた、こんなにおどおどして、怖がりなのに。でもあたしが今、逃げて逃げて、誰もいないところに逃げてもやっぱり、姉さんはいなくなったみたいってみんなはうわさするんだ、きっと。時々、人が恐ろしくめくらに見えるときがあるけれど、きっと自分もめくらなのだから、見えるっていうのは少し面白くない? たぶんあたしはお母さんみたくしていたのに、やっぱり、人は、お姉さんと言うんだ。
 あたしは何も任されないし、何にも手をつけてはいけないことになっていた、――これもあたしが夢遊病に罹った一原因なのかな――、ぜんぜん分かんない。でも、そんなことは考えてもいけないことなのだから、また、嘘をついて、恥をかいてしまった。もうどうしようもない娘だ、あたしは。
 でもいくら街を乞食や怖い派手好きの若者たちと一緒にうろつきまわったって、けっきょく、一時的に終わる、むなしいことをやって、ここもやはり街だった、と気付くのが早かっただけでもあたしは威張っていいんじゃない?、それだけのことはやったよね、――いや分かんない――、結局生まれが間違っていると気付いたら、それで終わりなんだ、くじらみたいに――

 とてもきれいな晩に、今日の夜はきれいさっぱりに昼に変わった日があって、すごくまぶしいから、またうろから立ち上がって、明るい間じゅう、道を歩き続けた。そう、せめて明るい間だけでも歩き続けないと、また、暗い考えでも起こって、その底にあるものすべてが、太陽の白にさらされたら、もうそれは大変なことだから、いつかは必要なことだけれど、ずっと延ばしていいいつかなら、延ばしていたほうがいいから、あたしはせめて昼だけでも歩き続けることにしたんだ。それに、歩くというのは進むということだし、進む、というのは周りの自然のことを考えずにはいられないことだから、けっこう疲れるし、汗はかくけれど、単にそれだけだから、満ち足りているから、うきうきとはしているんだ。きっと、誰も見ていないところで、ひとりで何か秘密めいた気のきいたことをするというのも、あたしにとっては、すこしは面白いのかもしれない。でも、少し最近、元気になりすぎて、馬鹿なことを言い過ぎてしまった。どうして、言葉には言い過ぎっていうのがあるということは、すごく怖いこと、もう誰もいないという事実を見せ付けることにしたって、これも言いすぎみたくて、とても悲しくなったので、昼間なのに立ち止まって道の横に座り込んだ。その瞬間も太陽はいやというほど照っていて、気が滅入った。そういう、何も考えを許さない、押し付けがましいものから、あたしは逃げられない、だだっ広いとことにいた。ちょっと一息入れて――

 あたしはぐったりなって気違いみたいにしゃがみこんでいた。足を抱くと言うのは、お母さんみたいで、すごくあたたかなことで、これはもう、ひたすらひたすら、土を見たり、ぼぉっとして、じっとしているしかない、それが一生続くのなら、なけなしの誇りでさえ犠牲にしてでも、それを拒むのだけれど、もしそうでないことが前もって分かっていて、いつか終わるというのが分かっているのなら、反対になけなしの誇りを払ってでも、それを受け入れるのだけれど、どっちか分からないのだから―― 誇りが捨てるに値する金貨だと教えてくれたのは世間だけれど、妙な執着心からか、いやらしく、手放す事が難しいのだけれど。とにかく、いつまでこの恐ろしく大きな太陽は照っているのだろう、たぶん、夜はもう来ないのかもしれない、と思っていたことは事実なのだけど、でも夜は来た。あっ、変わった、それくらい劇的な変化だった――

0 件のコメント:

コメントを投稿