2010年4月20日火曜日

散文物語集 前編 前書き

前書き(2000年当時に書いたもの)

 これは短い物語の雑多な集積というべきものです。文体練習の結果できたものです。そのため随分に発想が若く、わたしを知る者には少し驚きかも知れません。その構想は高校卒業辺りに集まっているためだと思って容赦してください。
 世の中の事象には教訓のあるものとないものがあると思います。物語もまたそうであり、この物語群は全くの教訓の無さに貫かれて描かれています。それは先にいったように若さゆえのことではなく、今でもわたしの中に流れているいかんともしがたい傾向です。教訓を得たこともなく、教訓を与えたこともわたしには全くありません。
 わたしは全く物語を書くことが苦手なので、その練習にもしようと思ったのですが、やはりそこは難しい自分への注文でした。完成したもののうちで、出来る限り物語に近いものを並べたうえで、しかも最も短い形式の物を集めました。最後に短編程度のものがありますが、ほかのものはアフォリズムというか、わたしの作り上げた一種の形式に貫かれた形にまとまり、簡潔です。わたしはどうも長く複雑にしかも繰り返しだらけにものを考えてしまう傾向が強く、人をうんざりさせ、非社会的とも言われています。そこで、このような形式なら、ある種の容赦が得られるのではないか、と思われます。わたしにはとても苦痛な形式です。というのは短すぎて誤解に対する弁解や正当化を書くスペースがないからです。しかし新しい興味としてどのような誤解があるか、という楽しみもそこに生まれるでしょう。
 この本が愛すべき読者の時間を奪うことが無いように。

前書き2(2010年4月)

「旧散文物語集」は、わたしが自分で書いた文章を誰かに見せた初めての小冊子である。それまで、雑誌のために原稿を書いてはいたが、自分が続けている文章ノートを公開することは無かった。というのは、それは大変未熟なものであるばかりでなく、未完成なものであったからだ。
 けれども、実際は、ノート一ページに書かれてある数文を引き伸ばして、散文の形にしたものを小冊子にしただけというのが、「旧散文物語集」の内容である。夜、物語を一晩にどれだけたくさん考えられるか、と試み、やっつけたものが、この本におけるおよそ「準備された世界」までの文章である。
 それ以降も、わたしは、この小冊子に対する愛着がずっと続いている。だから、断片的創作というものを自分の中での最も大切な方法として、今でも考えているのである。それで、去年、「散文物語集」という形で二度目の試みをすると同時に、それまでその時期に書かれていた同様の断片的創作をまとめて、「散文物語集」の完全版としたかった。けれども、それが予想外に大変めんどくさい作業であり、いや、やろうと思えば二日としてかからないはずだったのに、できなかったのだ。
 この物語集は、その出来以上にわたしには愛着があるものである。
 わたしがこうした創作に対する魅力をはじめて知ったのは、小学生高学年から中学生にかけて、しかも絵を描くことを通じてである。文章をパロディとして、そして絵を、特に人物画、それはリアリズムからデフォルトの漫画的画法にまで及ぶが、それをずっと続けているその当時、わたしは自分は当然のように将来は漫画を書くことになるだろうと考えていた。けれども、わたしには、まんがを一人で書くことは結局できなかったというほかにない。
 この物語集によって、わたしは昔からの自分に対して、絵付きの物語集を与えるということ、そしてもうひとつ、物語ならざる、何なのかも分からないものを表現する文章という二つのものを与えることができることで大変嬉しい。
 その二つは、中学生から当時までずっと夢のように思い描いていたが、さっぱり根気が無くてできなかったことであった。

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