阿木さんの奇妙な話を知ったのは最近のことだ。
阿木さんは、いわば引き出しを多く持つ、だれにでも併せることができる話し手で、知り合いも多い。女の子もそうした阿木さんに惹かれて、恋をするが、阿木さんは大体のところ、異性に優しく、優しいところはあるがそこまで情熱的ではなく、恋愛に関してはすべての筋書きを相手に任してしまう。そこで、「あなたの意志はどうなの? あなたはわたしに対してどんな気持ちを持っているの?」ということになる。
そんな阿木さんが結婚することになった。相手は10も下の美人で、周りの人は、阿木さんはあまりにもいい人過ぎるので、だまされているのではないか、と思ったものだった。別に財産目当てとか言う意味ではなく、愛情というものがほとんどないという意味において。
阿木さんは、だいたい、部屋にこもって仕事をする。その間は、誰も入ることはできない。そこで、阿木さんの妻のそねみさんは、夜の11時になったら、阿木さんに確認した上で、部屋に入り、床を共にするという習慣である。しかし、何を思ったか、そねみさんはその習慣を嫌がるようになった。生理的嫌悪感にまで気持ちがおい詰まるのにそんなに時間はかからなかった。
そねみさんは、友人に相談することになった。夫に鞭打つことが趣味のその友人は、阿木さんがいつもぼんやりとしているように見えたから、そねみさんにあまり成功しそうもない提案をした。誰かそねみさんによく似た女性を雇って、そねみさんに代わりに阿木さんの寝室に行かせるようにしたのだ。その作戦は、見たところうまく行き、雇われた女性は、月給30万で、毎日11時になると、阿木さんの部屋に入り、床を共にするということになり、その間は、そねみさんは、友人の家に眠ることにした。
困ったことにそねみさんが知らないうちに、雇われた女性がまた困ったことになった。だんだん、阿木さんの寝室に行くのがいやになってきたのだ。そこで、雇われた女性の茶羽さんは、友人に相談した。そこで、同じように、月給25万で別の自分にそっくりな女性を雇って、代わりに阿木さんの寝室に行かせるようにした。
そんなことをしていくうちに、6人の女性が入れ替わり立ち代り阿木さんの寝室に行くことになった。そのことに気づいた女性たちは、そねみさんが作成した計画表にのっとって、月曜日はそねみさん、火曜日は茶羽さん、・・・というように交互に阿木さんの寝室に行き、互いの負担に耐えることにし、それぞれの報酬を平等に分割することにした。
さて、阿木さんといえば、ずっと寝物語をしていた。今日は仕事の話、今日は妻の話、今日は最近のニュースについて、というようにさまざまな物語をしていた。女性たちもまた、その話に合わせるようにして、それぞれの話を記録し引き継ぎ、また、細かい情報を互いに合わせることができるように工夫した。多少の間違いがあってもいいように、多少気まぐれな調子になるよう、女性たちは工夫して、あたかも一人の女性が阿木さんの寝室に入っているかのように見えるよう考えた。
そうこうするうちに、そねみさんは、だんだんその無頓着な夫のことが好きになってきて、そんなにいやな感じもしなくなってきた。また、すこしずつ別の雇っている女性たちの行為について嫉妬するようになり、困り果ててしまった。そこで、再度友人に相談し、どうしたらいいか、とたずねたところ、そんなことはやめればいい、と友人は言った。そねみさんも、確かにそのほうがまともだなあ、と心底思い、申し訳ないけれどもわたしは夫を愛しているので皆さんには悪いけれども、また、再び自分が毎日阿木さんの寝室に入ることにします、と言った。
しかし、今度は阿木さんが困り果ててしまった。というより、驚いてしまった。毎日訪ねてきていたあの女性が、つまり妻がいきなり別人になってしまった。違和感を感じて、或る日耐え切れなくなって、「おまえは何者だ。妻に頼まれてきているのか? 妻はいったいどこにいる?」と聞いた。そこで、そねみさんも困惑してしまった。「わたしが妻です・・・」と主張してみたものの、いっかな阿木さんを説得できないことに気づいたのだ。つまり、わたしは確かに阿木さんの寝室に毎日のように訪れていたあの一人の女性とは別人である・・・
二人は別れ、阿木さんは妻を捜し求めた・・・
事情を聞いても、それは嘘だ、あの女性はいったいどこに行ったのか、なぜわたしのところを去っていったのか、わたしのことを嫌いになったのか、どうしてももう一度会いたい、と望み、あの妻を捜し求め続けた。
類似性の概念。
返信削除アキリウスさまに、話をしようと思ったけれども、口頭で伝えてぐちゃぐちゃになったので、後でまとめあげた。
彼にささげる。
そっくりだが、違うのか。
ちょっと変化しているが、同じなのか。
その二つの認識の違いに関する考察が元になっている。
アキリウスさまに聞いた、ロシア兵の故郷への帰国の話からも考えさせられている。
その話によれば、自分の夫であると名乗るまったくの他人と数年間それに気づかないで暮らした妻が存在するそうである。