2010年4月19日月曜日

夫婦の帝国

 母親は息子について嘆いた。
「いい年をして定職にも着かずぶらぶらと妻と遊びまわって、他の人間の付き合いがあるでもなし、友達がいるわけでもなし、この妻がまた妻で、家の片付けもせず、散らかし放題で、服は脱ぎっぱなし、家事をしないで、いつも、気がついたらホテルに行って、セックスばかりしている」
 その夫婦は夫婦共に無口な性格だった。夫は気が弱く要領が悪いので仕事をすぐ変わった。妻は物事を理解するのが遅く、あまり人と通じ合えない性格である。その二人が愛したのはセックスであった。一日中でもできた。朝起きるとそのまま始め、ろくに食事もとらずに昼もいちゃいちゃと続けて、夜になっても続けるが、このころは家でするのも飽き飽きて、妻が
「ホテルでしたい」
 と望むので、両親のお金を盗んだりし、ホテルに行くこともしばしばである。食うものくわず、まともな眠りさえ取らないこともあった。父はもう息子に無関心なので母親が叱った。
「この世にはまともな生活がある。ちゃんと働いて、男なら仕事に責任を持って、ちゃんと家庭を持ってそれを維持し、それなのに…」
 息子は頭を床にこすり付けて
「ごめんなさい。もうしません。改心します」
 と繰り返し、小柄で可愛い妻も
「もうしません」
 とばかり同じように繰り返している。
「まともな生活をすれば二人の生活だってずっとよくなるし、したいことだってできるでしょ。あんたもあんたですよ。部屋を散らかして、物も服もほったらかして、裸であるいたり、トイレからは匂いがする。女の仕事を全然できていない」
 妻は
「ごめんなさい」
 と馬鹿みたいに繰り返すが、結局二人は次の日になったらケロリと同じような生活を繰り返すのだ。男は思う。
「男なら仕事やもっと偉大な何かがあり、そのために自然に生きるようになると聞くのに、ぼくは三十半ばになってもちっともそんなことにはならないで、ますます妻が可愛く見えるばかりだ」
 妻は黙ってもの欲しそうにベッドに座っている。
「今日は…仕事…行くの?」
「今日は行ってみる」
「少しなら家片付けておくから…ね?…」
「うん、分かった。新しい趣向の服を買ってくるから」
 何も言わずに妻の眼こが輝いた。ぼくらはきっと絶滅する種族だ。結婚式に集まってくれた百人の皆さん、ごめんなさい。ぼくら夫婦はあなたがたの列には加われませんでした。しかしぼくらは生ある限り愛し合い、いつくしみあい、またぼくらが人生で最も価値がある行為と思うものを続けます。仏様、それでいいですか?

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